前回から引き続き、わたしの友人大木一雄さんから紹介された小説の紹介です。
日記の書き手、小林律子は、このような「みじめ」な状況にいつもいるわけではありません。
たとえ時代や生活が苦しくとも、なにしろ17歳。
それに律子には天性の明朗な性格が付与されているようで「青春を、せいいっぱいたのしもう」としています。
やがて学校の蛭田先生が好きになり、「恋をしはじめて二日」「けれど、恋をしている気持って、なんとすがすがしく、健康なのだろう」などと日記に書くようになります。
高校3年になると、その恋と学校の勉強も重なって、だんだん律子は追いこまれた気持になります。
学校の人形劇「イワンの馬鹿」の脚色を引き受けて、それを書くために上野駅の待合室に坐っているところなど、律子の緊張と弛緩が出ていて秀抜です。
やがて死にたいという願いも抽象的ながら顔を出します。
この年ごろは抽象だけで死ねる時なのです。
私はこの本を読みながら、
―人情からぁめえば、涙ぐうせい などとうたっているお父さん。―
というあたりで何回か声を出して笑わされましたが、そういう瓢逸なところが律子を生かしたと思いました。