「太るトンネル」という一篇もこの「青い傷」の主題の延長線上にあるのでしょうか。
「私」は7年近くヨシオと住み続けてきた部屋にマサという男を連れてくるようになった、という話です。
ヨシオは余り売れない監督ですが、2泊、3泊とあちこち飛んで回ってスポンサーと交渉したりしています。
その留守の間に、昼過ぎに出社する新聞記者のマサを泊めるようになったのですが、最初のうちは、ヨシオに勘づかれないように勘づかれないように気を使っていたのが、だんだんと大胆になってきます。
むしろヨシオに発見されてヨシオと別れることになるのを期待するようになるのです。
ところがヨシオは、
「私の希望を聞き入れ、必ず電話をかけてから帰ってくるようにもなった。
玄関のブザーをリズミカルに鳴らすようになった。」
つまりヨシオの方も、マサの出入を許すようになったということです。
料理をしたことのないヨシオが、一人でさんまを焼き大根おろしで食っているのを見て、マサと出かける旅を中止してしまう結末など、おかしいと同時に哀感があります。