「金魚」は、中学の同期の者が予科練に行った当時のことを回想している作品です。
しかし、これは単に当時の世相を回想しているだけではなく、中学生である「私」もまた軍関係の学校に願書を出さなければならないと追い込まれていく、その不安と恐れが書かれているのです。
「しかし、病気の再発によって、私は志願書の提出を中止した。
自分自身に志願をとりやめねばならぬ発病という確かな理由が生じたことに、安堵を感じていた。」
このあたりに当時の中学生の誰しも抱く考え方が現れています。
それは
「戦時中、私の周囲には戦争を罪悪視していた人物はいなかった。」
という明確な表現と共に、戦後には全く伝えられていない真実の一端なのです。
文学でこそこれは言われなくてはならない、ということでしょう。
「白い壁」という作品も私は好きです。
鼓膜再建術という手術をうけて入院する話なのですが、ここには戦争の影もあるにはあるのですが、それは遠い陰影というようなものになっています。
生死には関係のなさそうな入院患者ばかりだと思っていた耳鼻咽喉科の病棟も、死の黒い手から免れ得ないということを知ります。
入院患者に愛らしい少年がいたまし。
「このような少年を孫にもつまで生きていたい」と思わせるような少年でした。
その少年が退院していいと言われて、喜んでいるのを見ていたのに、後になって、重症患者用の病棟に移されたと聞かされます。
美しくも悲しい物語です。